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謎の胃痛

朝起きた時から胃が激痛!なななんじゃこりゃー!
痛い…痛すぎる…
傷の痛みなんか忘れるくらい痛い(T_T)
痛み止めの薬を飲んでたから、胃が荒れたのか?
それとも冷えたのか?
それか…風邪?食べ過ぎ?考えても分からない(*_*)
とにかく胃薬を飲んで寝てた…夕飯時期になったらすっかり復活(^_-)

休日が娘の相手してるだけで終わってしまった旦那には「おまえは病気の宝石箱だぁ~!」と、ひこまろのグルメレポートみたいに言われました~(T_T)

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不便です…

退院したからといってもすぐに今まで通りに生活はできずに…不便を感じてます(*_*)
娘は元気で元気で日々パワーアップしていくから追い掛けたり、注意する事が多くて…術後の体にはこたえます(◎-◎;)
早く元の体に戻りたいですね

退院しました~!

今日全部抜糸して、エキスパンダーに食塩水を50㏄入れて退院しました!全部で今150㏄(^^)v(貧乳だからすでにもう左右対象っぽい(@_@;))
食塩水は太い注射で皮膚から入れるんだけど一回目先生が違う所に入れちゃって~(T_T)「いい痛い~!」って言っちゃった( ̄□ ̄;)!!
二回目は無事エキスパンダーに入ったから良かった☆
しばらくは私の実家にお世話になります~!
今夜は退院祝いでお寿司だった(o^o^o)ずっと病院食だったからおいしかった~☆

抜糸一回目

今日半分抜糸しました~!

「痛かったら言ってください」なんて先生に言われたから、「え?!抜糸は痛いんですか??」って聞いちゃいましたよ~!
でもエキスパンダーが入っているからまだ神経が麻痺してるみたいで全く痛くなかったです!
パチってゆう音がイヤでした(*_*)

明日は全部抜糸して午前中に退院です☆

昨日娘が魚焼きグリルに触ったみたいで手に軽いヤケドをしました(>_<)母が泣きながら謝ってきたけど、べつに母が悪いわけじゃないし、てゆーか、軽いヤケドだから平気だよ~!となぐさめました(゚_゚)
軽いヤケドで安心しました!子供はケガは付き物ですからね☆でも気を付けなければいけませんね~!

乳癌のリスク?

よく言われてる乳癌のリスクとは…

1、血縁者に乳癌患者がいる。

2、出産経験がない。

3、閉経年齢が55歳以降

4、閉経後肥満

5、乳製品や動物性タンパク質ばかり好む。
            などなど色々言われているけど、私はどれにもあてはまりません。ハッキリ言えることは「どんなひでもかかる可能性がある」と言うことですね~。

私のスキなものは、キャベツと豆腐と納豆!(地味ですな~)キャベツは特に芯がスキです~甘いんですよね!芯を捨てるとゆう人がいますが信じられません☆
肉はあまりスキじゃないです(@_@;)

二十代の癌。

私は21歳の時卵巣嚢腫(良性腫瘍)で左卵巣を一部摘出している。

その時は六人部屋に入院していて、私以外は皆頭にスカーフを巻いていた…皆婦人科系の悪性腫瘍の患者さんだった。年令は50~60くらいの方ばっかりだった。私の隣の患者さんは末期の子宮癌だった。夜中になるとすすり泣く声が聞こえた。
二つ隣の部屋に26歳のキレイなお姉さんが入院していた。私は当時21歳だったから、お姉さんに見えたんだよね。(今は私が26だけどね!)
ある日洗面所でそのお姉さんに話かけられた「入院してると顔の毛がはえてくるよね~!剃らなきゃ☆」って言われ、おもしろい人だなぁ~なんて思っていたら、「若い人いないから、友達になってよ!」って言われ、それから仲良しになった!

お姉さんはM子さんとゆう名前ですごく明るくて楽しい人だった。
M子さんは「私胃癌でさぁ~昨日骨に転移してるって言われたし!も~やだくなっちゃうよね!」と笑いながら言ってきた。私はその時は癌の知識は低く、自分は良性腫瘍だったからすぐ退院でその後治療もないし、なんて言っていいのか言葉に詰まった。
M子さんは婚約してた彼氏がいたけど癌と言ったら婚約破棄された話も私に言ってきた。しかし次の日その彼氏がお見舞いに来るとゆうのだ!私はメイクには自信があったから、M子さんにメイクをしてあげた(*^_^*)
とても喜んでくれてた。

それで私はまもなく退院になり、M子さんの携帯番号とアドレス交換したがそのままになっていた…
それから一年くらいしたある日、地元の新聞の亡くなられた方の名前欄にM子さんの名前があった…。
あぁ…なんで私はあの後お見舞いに行かなかったのか…恐かったのか…涙が出た。そしてM子さんに住所も聞いていたので、お線香をあげたくて伺った。
お母さんが出てきて、私が名前を言うと「コッコさん。娘から話は聞いていた、仲良くった患者さんがいるってね。」
と言われた。
お母さんからM子さんの話を聞いた…あの後彼女はクリスチャンになり、新しい彼氏もできて幸せだった…と。

M子さん。私も今M子さんと同じ年で癌になったよ。M子さんの気持ちが今になってやっと分かった気がしたよ。
私がんばってM子さんの分までまだまだ生きるよ!

私はこうゆう過去があったから、…だから私は今回の入院は一人部屋を選んだのかもしれない。色々ミタクナイカラ。

二十代での癌患者は増えていると思う。
一日でも早く癌が治る薬ができてほしい!そう祈るばかりだ。

心の栄養

朝看護婦さんに起こされるのも慣れた。でももう少し寝てたい~と思うけどカーテンを開けられ、半ば強制的に起床させられる(◎-◎;)まっ病院だから仕方ないね~。
午前中早々シャワーをすませ(まだ片手で髪を洗っている)部屋にいると10時半頃毎回病室のドアが開いてひょこっと顔を出す(*^_^*)「ママー!!」と駆け寄ってくる。一歳の娘だ(^O^)毎日母が連れてきてくれる、何度娘の笑顔に助けられてきた事だろう…。私の心の栄養は娘だ。
娘の為なら何でもできるし、頑張れる!自然とパワーがみなぎってくるものです(^-^)
「ママあと三日もすれば退院だからね~!」
わかっているのかいないのか…(たぶんわかってない)すぐお菓子を欲しがり、少しベビー用のお菓子を食べると即私に向かって「ばーい」と手を振る(-_-)
「えぇ?!もうかよっ?!」と娘に突っ込みをいれちゃった。病室にいるのが飽きちゃうのね~。
娘は私の母に慣れているのでたまにさみしそうにするみたいだけど、ばぁばがそばにいれば平気らしい(;^_^A
あんまり泣かれて後追われるのも心が痛むが、あっさりバイバイされるのも切ない…複雑な親心ですなぁ。
今から考えてる事は娘が成人したら乳癌検診絶対受けさせなきゃ!と日々思いますね。
退院したら娘の世話で一気に現実に戻されるんだろーな(^o^;今のうちにぐーたらしておこう!

ぐーたら入院中。

抜糸まで入院している事になったからあと四日間は病人チックにパジャマでぐーたらします(^o^;

帰ったらまた忙しくてこんなにゆっくりできなさそうだしなぁ。
だいぶ痛みも良くなってきたし!
あとは今後の治療法がどうなるか…だなぁ。
再建の事もあるから、それも気がかりだけど(>_<)
どーなるのかな私。でも今考えても仕方ないよね(・_・|フムフム…。まっテレビでも見て落ち着こう(^_-)

ネガティブ

今更だけど思うことがあります。
なんで私が乳癌なのよ?って。
まだ26歳だよ!友達なんかまだ独身の子ばっかりで、仕事に恋にオシャレに花盛りって感じなのに…
私は私で家庭を持って平凡だけどすっごくすっごく幸せだった。なのにさ、乳癌告知で天から地獄に突き落とされた気分だよ。
術後病理検査結果が来週出ます。それによって治療方針も決まるな(>_<)
どーかどーか神様!病理検査結果があまり重くありませんよーに!

JESUS don'tloveme?

今入院している病院の窓からはすごく眺めが良くて、町並みが全部見渡せる。

すぐ前には学校があり、その周辺は新しいお家が多くて小さな子供が遊ぶ様子も見れる。いいなー新しいお家できっとママは健康な人なんだよね?とか、ひねくれた(?)考えまで浮かんできたから、もう窓から見るのはやめた。上見りゃきりがない、下見てもきりがない。自分は自分なのだから。

退院は外科的にはOKだけど形成的にはもう少しと言われ、まぁ、それに帰ったら娘の事と家事をやらなきゃいけなくなりムリしちゃいそうだから、もうすこし入院している事にした。

人生のうちの1~2週間休んだっていいでしょ。

旦那のもってきたDVDポータブルプレーヤーで大好きなミュージシャンのDVDを好きなだけ見よう!満月の夜…一夜限りの復活ライブも娘が小さくて行けなかったし(T_T)次復活のトキがあるなら、絶対行きたい!どーかシリコン入れ替え手術とかとかぶらない事を祈る(>_<)
あーあメンバーがお見舞いに来てくれたらすっごい元気になりそう!とかありえない妄想だって考えちゃいますわ。

術後初シャワー

術後初シャワーを今してきました!
と、ゆうことは…傷を初めて見るとゆう事です(◎-◎;)
極力見ないようにしていたけど、どうしても視界に入る( ̄□ ̄;)!!
しっかりは直視しなかったけど見てきました。
感想は…恐い!恐すぎる!なんなんだこの傷?!?!って思いました(;-_-
胸の位置に横一直線?に一本切られてます。
命が助かれば再建なんてどーでも…なんて言ってたけど、傷を見たらは、早く再建してぇぇ~!!って感じでした( ̄□ ̄;)
しかも姿勢を良くするとエキスパンダーが内側から皮膚を押すような、強くあたる感じで痛いです(T_T)こんなもんなのかなぁ?明日形成の先生に聞いてみよう。形成の女医さんはかなり無愛想で感じ悪いんですよね~。
私は娘も小さいから都内とかの有名病院などで手術をしたり入院は不可能と感じ、セカンドオピニオンなどもしないまま手術+同時再建をしてしまい、、、なんか良かったのかな~とか今さら悩んでも仕方ないことを考えてる今日このごろです。

不幸中の幸い。

私が通ってる乳線専門医(M先生)は開業医なのでマンモやエコーはあるが、骨シンチやCT、MRI、もちろん手術もすぐ近くの総合病院と提携していて、入院もそちらの総合病院になる。手術はもちろんM先生が来てやってくれる。
そして色々な検査をすることになる…
まずCT造影剤検査をした
造影剤を体に入れるとあ~入ってきたってゆうのが、カーっと熱くなると共にわかる、これがすごい気持ち悪い。
骨シンチは動くなって言われてじっとしていないといけないのが辛かった!
なにもかもイヤな検査を終えてまた一週間後にM先生に結果を聞きに行った。
幸い転移もなくて、この間やった組織診ではやはり癌は癌だったが、非浸潤癌の可能性が高い結果が出た!非浸潤癌は超早期発見と言われているから少しホっとした。不幸中の幸いかな?と思った。
しかし石灰化の範囲が乳頭の下辺りに広く分布しているので温存はムリと言われ、全摘+同時再建を(かなり)勧められた。
私は「命だけ助けてもらえればオッパイはいりません!とにかく娘のそばに居させて下さい。」と先生に言った。

家族に告知。

泣きながら帰ってきた時点で家族も察しがつくだろう…
旦那は仕事でいなかったから、先に電話して伝えた。絶句だった。くわしくは帰宅後とゆう事になった。

一番の難関は母だ~母はかなり心配性だから、私が乳癌なんて言ったらたぶん倒れるんじゃないかな?
とか考えながら娘を母にあずけて病院へ行ったから渋々実家へ帰宅。

なんと母は家の外に出て私の帰りを待っていた( -_-)
母「どうだった?!?!」私「まぁ家の中入ってからね。」
そして実家には仕事がたまたま休みだった姉、父も揃っていた(・・;)

私「乳癌らしいよ…」
母姉「うそでしょーーー」(泣)
父無言。
母は息できてるの?ってくらいの泣き方。
母「なんであんたが乳癌なの?!私がなれば良かった。なんかの間違えじゃないのかい?」と言っていた。
この日から家の実家はどんよりした真っ黒の雲の中にいるような雰囲気になった。
母はこの後、霊感商法にもひっかかりそうになる(-_-)危うい所で買わなかったが、壺や判子、仏壇など100万もするものを「これを買うと病気が治る」などと言いながら売り付けてくる人がいるもんですね。人の弱みに付け込んで!皆さん気を付けましょう!ってひっかかるのうちの母くらいかな?!

→続きを読む

乳癌告知。

結果待ちの一週間…今まで生きてきた中で一番長く感じた。
しかーし!一週間もだまって待ってられるかぁ~!
と思い、五日目くらいで病院に電話をしました。
でも結果は一週間後じゃないと出ないと言われ(@_@;)
そんなに心配なら次回マンモグラフィーもしましょう
と言われた。      もうなんでもいいから白黒ハッキリしてー!
と思いながらとうとう一週間後…
重い足取りで病院へ…心臓は口から出そうなくらいドキドキドキドキ…;
中へ呼ばれる。(口の中は渇ききりカラカラ)
初めにマンモグラフィー撮ります!と言われ人生初のマンモ!授乳してたせいかあんまり痛くなかった。(看護師さんいわく授乳経験ないと痛いらしい)
しかし怪しいと思われる右乳房を挟むと血と思われる赤い汁が出てきた( ̄□ ̄;)!!つーか、コレ絶対ヤバイ感じじゃん。とか考えながらマンモ終了。
まだ良性の望みだって捨てたわけじゃないし!お守りを握り締め先生の前へ…
先生はマンモの結果を目の前にしている。
先生「コッコさん…結果があまり良くないです…」
私「はぁ?…え?!癌って事ですか?!」
も~そっから先は思い出せない!私は所かまわず泣き崩れた。
少しして先生に「少しの望みにかけて、麻酔して太い針で組織診をしましょう。私は慎重な方なので、コッコさんの体をこれからしっかり検査していきます」
と言われ頭真っ白のまま右乳に局部麻酔をされて太い針を刺された。
また結果待ち。その一週間のうちに近くの総合病院でCT、骨シンチ、血液検査をする事になった。
帰り道。車の中で声を出して泣いた。こんなに泣いたの初めてってくらい泣いた。
家族になんて言おう。
なかなか車を運転する気がおきなかった。

乳線外科へ…

独身の頃から右乳房に良性のシコリがあったから、乳線外科のM先生とは面識もあったし、乳房のエコー検査も恐くなかった。
行く前からたぶん絶対に乳癌なんてありえないよなー私まだ若いし、、授乳中だったから、どーせ母乳が固まってるんだよ♪とお気楽な考えのまま病院についた。
先生に早速エコーで視てもらったら先生の表情がこわばる…
私「え?!何?なんかヤバイですかっっ?!」
先生「…授乳してたんだよね?母乳が固まっているだけなら良いんだけど…シコリ硬いよね。」
私「母乳ですよ!絶対母乳ですよ!」(必死!)
先生「…一応心配だから針刺して細胞検査してみようか。」
と、ゆう事でオッパイに細い針を刺して細胞検査をした。
結果は一週間後。
そして結果が出るまでドキドキソワソワする日々を過ごすことになりました。

キッカケ。

なんだかどんどん書く内容が過去にさかのぼります…m(__)m

乳癌がなぜ分かったのかと言うと、その時私は授乳中真っ只中だった。
その日も助産師さんのところへ乳線炎予防のため通ってマッサージをうけていると助産師さんが「あれー?こんな所にシコリあったっけ??」と右内側の硬いシコリを教えてくれた。これがキッカケとなった。
それから娘も一歳を過ぎたし断乳に踏み切った!産まれた時からずっと飲んでくれてた娘にありがとう。と言ってオッパイにバイバイさせた。娘もあっさり牛乳へ転換してくれた(^o^;うれしーような淋しいような。
そして早速、乳線外科が居る専門病院に行く事にした。

手術の日の事

手術の日の事を明確に書いていきたい。

12日昼過ぎ手術着に着替えて点滴されながら手術室へベッドに寝かされたまま連れていかれた、両親、姉、旦那、娘が後を追い掛けてくる。『がんばって!』などと母や姉が口ばしる。
私は実は手術二回目で、一回目はまだ21歳の時良性卵巣嚢腫左一部摘出手術をしていた。その時はまだ独身だったし、恐くて泣きながら手術室へ入った覚えがあるが、今回は違った。母は強し!とはまさにこの事だ。手術室に入る直前娘の顔を見ると『がんばってくるから(^^)v』と笑顔で入った。そうだよ!肝すわったってこの事だよ!心の中で《早く切るなら切ろ!娘の為に生きるんだよ!癌になんか負けるもんか!》などと思った。母は強い。
そして手術台に横になり、確認の為自分の名前と病名を聞かれ『コッコです。右乳房全摘手術と同時再建、センチネルリンパ節生検です。』とスラスラと言った。そしたら看護師さん達が『コッコさんすごーい。しっかり言える人少ないよ。』と誉めてくれた。その後、柴崎コウのBGM(←なぜ柴崎の歌だったのかは不明)と共に麻酔にかけられた。その麻酔が呼吸がしずらくなっていく感覚がかなり気分悪くて、医療ミスじゃない??って感覚さえ覚えた。卵巣嚢腫の時の麻酔の方が断然ラクだったからだ。麻酔にも種類があるみたい。私は今回喘息持ちになっていたからそれに対応した麻酔らしい…。そして目が覚めると姉と旦那が居た。手術は無事終わったのだ。

昨夜の事と感動秘話

昨夜は喘息が出てしまい咳込む→傷が痛いの繰り返しでなんで私はこんなに病弱なんだ?と夜中三時に一人で弱気になっていた。
こんな弱気じゃ治るモンも治らないよ!と自分に喝を入れつつ寝た。

話は変わるがちょっと感動秘話を母から聞いた。
うちの旦那は人前で絶対涙を見せない男だ。付き合ってる時にセカチューを見ても泣かなかったし。何があっても涙を流さない男だ。しかしそんな旦那も私が手術室から出て来た時にリンパに転移がないこと、無事手術が終了したと聞くと目からあふれんばかりの涙を流して一言『良かった…』と言ったらしい。えぇ?!パパが泣いたの?!と私は信じられないが、母いわく本当の話らしい…。そっかーそんなに心配してくれてたのかぁ。と思ったら、こんな病気に負けてたまるか!なにがなんでも生きてやる!と思った。

術後二日目。

昨夜は痛くてあまり寝た気がしなかった。
今日は点滴をやって明日からは点滴はなくなるみたい。
今旦那と娘が来てくれて、娘は『ママ!』って言いながら私にとびつこうとしたが、私はまだまだ傷が痛いしドレーンも出てるし、あわてて旦那が『ダメ!ママ痛い痛いからね。』と言って娘を止めると娘は泣きだした(;_;)それを見てもちろん私も泣いた。『ごめんね、ママすぐ良くなるからね。』と言った。
旦那と娘が帰ると急にさみしくなり、それと共に『なんで私が乳癌なの?!』と悔しさでいっぱいになった。若年性乳癌……今増えているらしいけど本当に皆に健診を受けてほしい。明日は我が身って事を心にとめてほしい。そしてなによりも癌が治る薬が開発されてほしい。

咳喘息持ちの私は咳をするにも今は一苦労だ(>_<)咳が出るたび傷が激痛だぁぁ~!

痛い~!

やっと病室に戻ってきた
脇下リンパに転移なかった!よかった―!
しかし痛い。
痛み止め飲んだ。
今日の昼から食事可能らしいけど食べれるかな?
エキスパンダーが乳房再建のために入ってるから、周りの血を抜くドレーン(管)が出てるんだけど、それを直視できない( -_-)
だって真っ赤な血が流れてるんだもん(>_<)ムリムリ!

いよいよ…

今日の午後一時半から手術だぁ~
すっごい恐いけど全身麻酔だから寝てるうちに終わるかな♪
それにしても絶食はキツイ!お腹空いた~
手術前に娘が母と来てくれる♪早く会いたいな~(^^)旦那は昨日病室に泊まってくれた!しかしイビキがすごくて逆に眠れなかったよ(^o^;
今日で右パイとバイバイかぁ~切ないような気もするけど、生きるためには仕方ないかぁ…〃〃

明日手術です!

ブログとゆーものをはじめました。
はじめたばかりですが頑張りまーす!(←まだよくわかってない。)

突然ですが明日乳癌(右乳房全摘手術、センチネルリンパ節生検プラス同時再建)の手術をします。乳癌告知は2008年5月23日。
今はもう病院で暇な時間を過ごし中。
一番気掛かりは一歳過ぎたばかりの娘…私の宝物を実家の親に預けてきた事。私は乳房がなくなろうがぶっちゃけどーでもいい、乳房再建を一生懸命勧めた形成外科の先生には悪いが、とにかく生きていたい!絶対死にたくない。娘の為に頑張るしかない。

今日の夜主治医から手術説明される…。まだ他人事のような気分だ。
        
*プロフィール

kokko

Author:kokko
2008年5月。26歳、授乳中(娘一歳の時)に若年性乳がんになりました。         
旦那と娘と暮らしています。        
告知~手術~治療~乳房再建など日常の出来事も含め書いていきたいです。
☆経過☆
2008年5月23日授乳中に血が混ざった母乳が出て病院を受診。検査後、乳癌告知をうける。非浸潤性乳管癌ステージ0期(DCIS)。

2008年6月12日右乳房全摘手術,センチネルリンパ節生検,エキスパンダーによる同時再建。

2008年7月29日ホルモン治療開始~ゾラデックス(途中からリュープリンに変更),ノルバデックス共に2年予定。

2008年12月5日シリコン入れ替え手術終了。

2009年4月3日ノルバデックス中止。リュ-プリン単独で続行。

2010年6月リュープリン二年間終了。→無治療・三ヶ月おきの定期健診。

(現在、ホルモン治療の副作用で骨粗鬆症になり、ベネット錠服用中。2010年3月から。)

2013年7月骨粗鬆症薬ベネット中止(服用期間3年4カ月)。ビタミンD.カルシウム剤で様子見中。
2015年9月カルシウム剤中止。ビタミンD(エディーロール)のみで様子見中。

        
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